若い先輩の作ったハヤシライスが賄いに並ぶ。
2026/09/19
若い先輩の作ったハヤシライスが賄いに並ぶ。
まだまだ玉葱が炒まり切っていないまま煮込まれた、
色の薄い液体。口に入れると、牛肉の存在ばかりが目立つ。
なんとなく私は、ゆうさんの方を見ないようにしていた‥
ゆうさんはスーシェフで、私に賄いを教えてくれていた。
16歳で初めてお世話になったフレンチレストランで、
出会った先輩がゆうさんだった。
「まかないって一日に2回しかない楽しみなんだよ、
まずい料理作るんじゃねえぞ」
口癖のようにそう言って、
いまいちな賄いが並ぶとすかさず怒り、
美味しいお料理が並ぶと、
あまり仲が良くないスタッフだとしても、
「〇〇、今日の賄い美味しかったよ」と声を掛けに行っていた。
今日のハヤシライスの色を見て、私はすぐに思った。
ハヤシライスは煮込む時間がかかる‥
他の仕込みもしながら大変だし、
きっと作ってくれた人は忙しかったんだろう‥
でも、ゆうさんはそれを許さない。
「この料理作るって決めたなら
煮込む時間作るのがお前の仕事だろぅがよ??!」
って言うに違いない‥
予想は的中
賄いの並んでいる部屋に若い先輩が入って来ると、
ゆうさんが言った。
「〇〇、これはハヤシライスじゃねえぞ。‥」
そして近くにいる私に言った。
「来週、お前がハヤシライス作れ。」
私「‥はい」
———————
この流れになる約2ヶ月前
私はゆうさんに教わりながらハヤシライスを作り、
初めてハヤシライスの美味しさを知った。
大量の玉葱を飴色に炒める。
牛肉はそれぞれこんがりと炒め跡が付くくらいにしっかりと。
牛肉と玉葱の入った鍋にトマトを適量加えて煮込んでいく。
ランチタイムとディナータイムの間の時間を使って、
2日間かけて煮込んでは冷ましてを繰り返した。
煮込んでいる途中で味見した、ゆうさんの機嫌がやけに良い。
「俺のフォン・ド・ボー(牛の出汁)わけてやろうかと思ったけど、充分に味が出てるよ。
仕込みで使わなくなったキノコのじくをもらっておいたから、
これを入れて煮込むともっとうまくなるぞ。」
と言って、キノコの軸の袋をくれた。
煮込むほどに液体の色は深い茶色へとなっていく。
ホワイトアスパラガスとレモンの煮汁を
生クリームで伸ばしたソースを作り、
ご飯とハヤシライスをよそった上にソースをかけて出来上がり。
正直「ハヤシライス」という料理に
まったく興味が無い私だったのに、美味しくて驚いた。
これがハヤシライスって言うんだぁ!
賄いを食べ終えたゆうさんもご機嫌だ。
時間はかかるし大変だったけど、
「また作りたい」と思う美味しさだった。
——————————-
ある日のこと
実家に帰って、懐かしいノートを見つける。
ブルーのノートに、マジックで「まかない日記」と書いてある。
このノートには、ゆうさんから教わったお料理が書き留めてある。
ページをめくるたびに、好きなお料理の作り方や、
ゆうさんに教わっていた頃の思い出で
気持ちがいっぱいになる。
— ハヤシライス—
作るの大変だったけど、美味しかったなぁ‥。
そうだ、お店のメニューにハヤシライスを入れよう。
急に思い立って、宮崎県のとある牧場へ赤身和牛を注文する。
この牧場の牛肉は、
「抗生物質に頼らない。発酵飼料で、のびのびと。サシではなく、命の筋肉を育てる」
というこだわりを売りにしている。
大量に炒める玉葱と牛肉で、
ひとり懐かしい気持ちに浸りながら仕込みをしていた。
煮込み続けた鍋の中は、どんどん深い茶色になっていく。
ホワイトアスパラガスの煮汁は無いので、
代わりにヨーグルトとニンニクでソースを作る。
ご飯とハヤシライスをよそった上に、ソースをかけて出来上がり。
美味しい。
ゆうさん元気かなぁ‥。
教わったお料理を作るたびに、
先輩が元気であることを願ってしまう。
ゆうさんは一年ほど私にまかないを教えた後、
ワーホリでフランスへと旅立って行った。
一時帰国したときは連絡をくれて、
私に会いに来てくれたゆうさんだったけど、
ちょっとしたことで連絡を取らなくなった。
「将来レストランを出して星を取りたい」と言っていた。
数年後、私はゆうさんの夢が叶った事を調べて突き止めた。
フランスでお店を出して、星を獲っていた。
何より、ゆうさんの充実した表情と、
ゆうさんと一緒に夢を追っている
家族や仲間に囲まれている姿が嬉しかった。
本当に良かった!おめでとう。
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